統合報告書と ESG 情報開示の到達点と期待

循環研理事 山口民雄

 統合報告書は企業が自主的に発行する企業情報の開示媒体で、かつての環境報告書、CSR 告書などから発展してきたものだ。この統合報告書を発行する企業が急増しており、「統合報告バブル」との声も出てきている。統合報告書とは一言でいえば、“企業が中長期にわたりどのように価値を創造するか、財務と非財務情報を統合して報告する年次報告書”である。統合報告書のガイドラインである「国際統合報告フレームワーク」のディスカッションペーパーが公表された 2011 年に比べると発行企業は 10 倍を上回る。2018 年 8 月現在の発行企業は 377 社であり、2018 年版は 400 社以上になる事は必至だ。上場企業数から見れば「少数に過ぎない」との評価もあるが、東証 1 部への上場企業(2068 社)の時価総額合計(657 兆円)のうち、発行企業はその 51%(338 兆円)を占めている(KPMG ジャパン調査)。経済・産業界に大きな影響を持つ企業の多くは統合報告書を発行している、といえる。ちなみに、日本企業は「フレームワーク」の公表以降、コンサルティング企業の活発な支援もあり、統合レポートの制度化に早くから取り組んできた南アフリカに次ぐ発行率となっている。


図1:国内自己表明型統合レポート発行企業の推移


 なお、統合報告書の名称は必ずしも統合報告書だけでなく、会社名レポートをはじめアニュアル
レポート、コーポレートレポートなど多様である。

 日本企業の統合報告書は、有価証券報告書などから抽出した財務情報と CSR 報告書などの非財務情報が単純に合冊されただ けで、統合報告(Integrated Report)ではなく合冊報告(Combined Report)と揶揄されてきたが、最近では文字通り統合された報告書が出てきている。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は 2018 年 1 月、2017年度版の優良な統合報告書発行企業として 9 社を取り上げている(選定は国内株式運用機関 16 社)。
「優れた統合報告書」は、味の素、コニカミノルタ、オムロン、伊藤忠商事、丸井グループの 5
社、「改善度の高い報告書」は、大和ハウス工業、住友金属鉱山、オムロン、住友商事の 4 社となっている。また、WICI (世界知的資本・知的資産推進構想)ジャパンは、「第 5 回 WICI ジャパン統合報告優良企業賞」(2017 年 12 月)の最高賞である「統合報告優秀企業大賞」に伊藤忠商事とオムロンを選定している。

なぜ、統合報告書は必要なのか


必要性の第 1 は企業価値評価における非財務情報の高まりだ。米スタンダード&プアーズ(S&P)500 株価指数構成企業の株価(時価)の要因分析によると、企業の市場価値に占める物的及び財務的資本の割合は 1975 年では 83%を占めていたが、2009 年には 19%にまで縮小している。残りの 81%は、知的資本、リスクマネジメント、レピュテーション、顧客との関係、雇用者としての魅力、従業員満足などの非財務情報となった。
 第 2 はこうした価値評価側面の変化により世界的に非財務情報の開示が促進されていることだ。欧州では、2003 年に会計法現代化指令により、社会、環境側面の非財務情報の開示が規定された。そして、2013 年 4 月には、500 人以上の企業に非財務情報開示を義務付ける非財務情報開示指令が提出され、同年 9 月には欧州理事会によって正式に承認され、2014 年 12 月に発効した。こうした動向はアジアをはじめグローバルに拡大している。
 第 3 は、企業から発信する情報は、法的な開示情報に加え、様々な開示基準、ガイドラインに基づく情報など数多く、情報過多となり、投資家を中心に持続可能な企業の価値創造力が評価できる簡潔な報告を待望する声が高まってきたことだ。以上の波を受け、2010 年 8 月に国際統合報告審議会(IIRC)が設立され、前述のフレームワークが公表される。IIRC では統合報告を「組織の外部環境を背景として、組織の戦略、ガバナンス、実績、及び見通しが短、中期、長期の価値創造につながるかについての簡潔なコミュニケーション」と定義している。従って、統合報告の核心は「財務情報と非財務情報との関係性を明らかにしつつ、長期的な価値創造を伝える」ことにある。そのために、どのように 6 つの資本(財務、製造、知的、人的、社会・関係、自然)をビジネスモデルの中で展開し、企業価値の創造および毀損の結果を報告しなければならない。IIRC は、こうした報告こそが「知的資産、ブランド、能力、環境資源の活用などの無形の要素が、十分に戦略的意思決定や報告に組み込まれていないと、結果として、資源配分のミスや高い資本コストを招く、という投資家などの財務資本の提供者が直面している課題に応えるもの」としている。


なぜ、日本企業の統合報告書は急増したのか

 図-1の推移をみると2014年から2016年にかけて特に急増しており、この間に発行を促すさま
ざまな提起があったことを類推させる。時系列的に振り返ってみる。
 2014 年 2 月に「『責任ある機関投資家』の諸原則:日本版スチュワードシップ・コード」が発行された。ここでは、建設的な「目的を持った対話」(原則4)を行うためには、スチュワードシップ
活動に伴う判断を適切に行うための実力を備え(原則7)、当該企業の状況を的確に把握すべき(原則 3)であるとしている。このことから、市場に関わる関係者の行動自体に大きな変革が期待された。対応する企業においては建設的な「目的を持った対話」を成立させるために中・長期的視点に立った統合的な情報の開示が求められた。
 2015 年 6 月に公表された「コーポレートガバナンス・コード」も重要である。この原則 3 には「適
切な情報開示と透明性の確保」がある。これは、非財務情報については「ひな形的な記述や具体性を欠く記述など付加価値に乏しい例が少なくない」との認識から原則化された。そこで「法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべき」とし、前述のスチュワードシップ・コードに対応するように「正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべき」と述べている。
 そして、同年 9 月には GPIF が非財務情報(ESG)に配慮した投資(ESG 投資)を求める国連の「責任投資原則」(PRI)に署名した。GPIF の運用資産は約 140 兆円、その内約 30 兆円が日本株で、日本株を保有する最大規模の機関投資家が ESG 投資に向け始動した。
 これらは、従来見えなかった(重視されなかった)資産が企業価値創造を大きく左右している現実を投資家、企業に認識させ、統合報告書急増の大きな要因になったことは間違いない。その後、2017 年 5 月には、経済産業省がこうした動向を踏まえ「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス-ESG・非財務情報と無形資産投資-(価値協創ガイダンス)」を発表した。本ガイダンスの全体像は、価値観-ビジネスモデル-持続可能性・成長性-戦略-成果と重要な成果指標(KPI)―ガバナンスで構成されている。まさしく日本版統合報告フレームワークである。同省ではロゴマークを公表し、統合報告書に添付することを推奨しており、2018 年 8 月現在、30 社が統合報告書に添付している。
 同年 9 月には、GPIF は投資原則を改訂し、株式、債券など全ての資産で ESG 投資を進めることを宣言し、3 つの ESG 指数を採用したことも増加に拍車をかけている。
 一方、投資家も「スチュワードシップ・コード」原則 7 に基づいて認識の力量を高めつつある。EU
の MiFIDⅡ(第 2 次金融商品市場指令:①取引の透明性強化、②投資家保護の 2 点を強化)の施行(2018 年 1 月)や日本のフェア・ディスクロージャー・ルール導入(2018 年 4 月施行)により、いわゆる早耳情報収集ではなく、非財務情報の企業価値創造への洞察力が強く求められることとなった。そして、投資の時間軸が長期化してくる中で、中長期の価値創造がストーリーとして記載されている統合報告書は格好の情報源になってきた。

ESG 情報の的確な開示へ


「統合報告書は、簡潔なものとする」(フレームワーク:指導原則)ことから、頁数が限定される。
このため統合報告書が増加する過程で、従来のESG 情報の非開示が目立った。筆者は毎年約 350の報告書を対象に200~300のESG項目を抽出し、記載の確認を行っているのでこの点を強く実感した。IIRCは統合報告書を「簡潔な Primary Report」と位置付け、既存の財務報告書や CSR 報告書などとの併存、関係づけをイメージしていることから、本来非開示が増大することはあり得ないはずだ。
 コストや作業面からこうした事態を発生させたと推察できるが、このような状況に安住させない新
たな状況が生まれてきた。
 その一つは、前述の非財務開示指令をはじめ、米国カルフォルニア州の「サプライチェーン透明
化法」(2012 年)、英国現代奴隷法(2015 年)、フランスの「人権デュー・ディリジェンス法」(2017年)など ESG 情報開示の立法が相次ぎ、この波が全世界に波及したことだ。
 第 2 は ESG 投資の急拡大による、ESG 情報への注目度の上昇である。世界の ESG 投資額は2014年から2016年までの2年間で25.2%増加し、22 兆 8,900 億米ドル(2,541 兆円)、年平均にすると 11.9%成長している。後塵を拝していた日本でも 2015 年:26.6 兆円、2016 年:56.3 兆円、2017 年:136.6 兆円と急拡大し、総運用資産残高の3割にもなってきている。ESG投資額の拡大は、投資家の ESG 情報の積極的な活用を意味しており、ESG 情報にセンシティブな投資家にとって不十分な開示は投資判断ができない、ということになる。
 このような動向に企業が対応するためには、ESG 情報に関する法やガイドライン、SRI 調査機
関の調査項目などを精査し、開示項目を定める必要が出てきた。非開示は「何もしていない」「リスクとして認識していない」と投資家は捉える。こうした認識が企業側にも芽生え、開示する情報量が増大してきている。例えば、ソニーの CSR レポートは 457 頁、東京海上のサステナビリティレ
ポートは 255 頁、東レの CSR レポートは 249 頁(いずれも 2017 年版)にも上る。
 また、2017 年版から統合報告書とは別に PDF版として CSR 報告書をはじめ ESG DATA BOOK、サステナビリティデータブックなどを発行する企業が増えてきている。例えば、以下の例がある。
・住友林業=CSR レポート 2017(PDF 版 322 頁)
・東京海上ホールディングス=サステナビリティレポート 2017(PDF 版 255 頁)
・花王=サステナビリティデータブック 2018(PDF版 224 頁)
 KPMG ジャパンによれば、このような補完的な報告書を発行している企業は 26%にまで増えてきている。しかし、その反面、4 分の 3 が不可欠なESG 情報を欠落させている可能性があることも見逃せない。
 他にも ESG 情報を訴求するために様々な工夫がされている。一つは、非財務情報を財務情報のエビでンスとして記載するもので、統合報告書の目的に沿っている。まだ記載例は少ないが、味の素では社会・環境の取り組みがどのように財務に結び付くかを図示している。
 また、ESG 情報を投資家などに着実に届く工夫もされている。日立建機ではパフォーマンスハイ
ライトとして「5 年間の要約 ESG データ」と「ESG別索引」を掲載している。三菱商事では ESG 投
資に関心の高いステークホルダーに参照してもらうことを強く意識して、多くの報告書ガイドラインを参照して ESG 項目を整理し情報の一覧性を高めている。SOMPO ホールディングスでは、Web
検索に届くように報告書を PDF 形式だけでなくHTML 形式でも掲載している。そして、報告書内
では主要 ESG データ―を中心とした「ESG 情報インデックス」を設けている。


統合報告書と ESG 情報への期待


IIRC のフレームワークには「統合報告書は、フレームワークに準拠して作成される」とある。そして「統合報告書である旨を主張し、フレームワークを参照するあらゆるコミュニケーションは、太字の斜字体により表記される全ての要求事項を適用する」とある。要求事項は19あり、いずれも統合報告書の本質に根ざしたものである。しかし、増大する日本企業の自己表明型統合報告書で「準拠」を表明しているのを筆者は見出せない。
 CSR 報告書のガイドラインに対する「準拠」は確実に増加している。筆者の 350 社の調査では準拠数が 1 割を超えてきている。グローバル化する企業にとって国際的に認知されたガイドラインに
準拠することはグローバルな要請に応えることに他ならないからだ。海外の投資家、評価機関から
高い評価を得るために、また、合冊報告書から真の統合報告書に脱却するためにも「準拠」にこだ
わり、自己宣言すべきではないだろうか。
 ESG 情報については、価値創造に直結した重要性(マテリアリティ)の特定と拡大 KPI の制定に注力いただきたい。この数年、特定プロセスを含め重要性の記載が増えてきているが、その多くはCSR 活動における重要性であって、必ずしも全てが価値創造に深く関係するとは限らない。フレームワークの言う重要性は「組織の短、中、長期の価値創造能力に実質的な影響を与える事象に関する情報」である。適切な特定は、価値創造ストーリーの説得力が向上する。なお、現在はある種の「強迫観念」から、数多くの ESG 情報を開示する傾向にあるが、企業と投資家の成熟により適切なESG 情報に収斂することを期待したい。
 非財務の KPI は、その多くが「財務、非財務ハイライト」に記載されている。記載 KPI の数は増えてきているものの、これらが真に価値創造の進捗を示す KPI として選択されたのか疑問の事例が少なくない。価値創造の観点から再度、制定する必要がある。価値創造プロセスは 6 つの資本のインプットに始まりこれらへのアウトカムであることから、財務、製造以外の4つの資本に関する KPIの開示は価値創造の進捗を測る指標になる。非財務情報 KPI を限定された ESG 情報にとどめることなく、拡大した視点で選択いただきたい。
                                  (了)