100%自然エネルギーによる供給―シナリオ作成者 槌屋治紀氏に聞く

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は地球温暖化被害に関する警告の声を強めている。日本政府は原発の再稼働と再生可能エネルギー(自然エネルギー)の導入を加速しようとしている。
そんな中、2011年~2013年にかけてWWFジャパンは、「低炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案」として、日本のエネルギーを100%自然エネルギーで供給できるというシナリオを発表した。
いかにして、CO2排出のない100%自然エネルギーでの供給が可能なのか。そのシナリオの作成者である株式会社システム技術研究所所長の槌屋治紀氏にお話を伺った。(聞き手:ノルド社会環境研究所代表 久米谷弘光)

Photo-Tsuchiya 槌屋 治紀(つちや・はるき)氏 システム技術研究所 所長
東京大学工学部機械工学科、同大学院博士課程修了。工学博士、システム工学専攻。1979年(株)システム技術研究所を設立。電子ブックの開発、太陽電池コストの学習曲線による分析、持続可能なエネルギーシステムの研究を行っている。2010年より太陽光発電の技術者を養成 する京都エコエネルギー学院・学院長を務める。IPCC報告書の作成に協力し、2007年IPCCのノーベル平和賞受賞に際しては協力証書を授与された。 著書:『エネルギー耕作型文明』(東洋経済、1980)、『燃料電池』(筑摩書房,2003)、『調べてみようエネルギーのいま・未来』(岩波ジュニア新 書,2003)、『これからのエネルギー』(岩波ジュニア新書,2013)、共訳:『ソフトエネルギーパス』(時事通信社,1979)

 

【4つのシナリオ提案】
Q1
槌屋先生は2011年~2013年にわたってWWFジャパンの「脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案」を作成されていました。どのようなシナリオの提案をされてきたのですか。
A1
2011年2月に、WWFインターナショナルは「2050年までに世界レベルで100%自然エネルギー」を達成する可能性についてまとめたレポートを発表しました。この世界の「100%自然エネルギー」の可能性を、日本国内で追求・検討するため、WWFジャパンの依頼で具体的なシミュレーションを行って報告を作成しました。2011年7月に「省エネルギー」シナリオ、11月に「100%自然エネルギー」シナリオをまとめました。さらに、2013年3月には「費用算定編」、11月には「電力系統編」をまとめ、合わせて4つのシナリオを作成し、発表しました。
wwfシナリオ
WWFジャパンの「脱炭素社会」に向けたエネルギーシナリオのページへ

 

【電力だけでなく燃料や熱を含む需要を100%自然エネルギーで供給】
Q2
100%自然エネルギーによる供給ということですが、これは電力だけでなく燃料や熱需要も含むエネルギーをすべて自然エネルギーで供給するということですか。
A2
電力だけではなく、産業部門、民生部門、運輸部門の燃料や熱需要すべてを含んだエネルギー需要を自然エネルギー100%で供給できるというシナリオです。

 

【省エネルギーで需要量は約半分に】
Q3
それで、100%自然エネルギーによる供給は、いつごろ、どんなかたちで可能になるのでしょうか。
A3
2050年には可能になると考えています。
自然エネルギーが主要な役割を担う社会を考えるとき、まず基本になるのは省エネルギーによる高い効率の資源浪費のない快適な生活です。必要なエネルギーが少なければ、それだけ自然エネルギーによる供給の実現性も高くなります。
そのため、出発点として「省エネルギー」のシナリオをつくりました。
省エネルギーの方法としては、LED照明、高性能住宅断熱基準、高効率ヒートポンプ、都市の緑化、TV会議による交通の代替、鉄鋼のリサイクル進展、インバータ制御モータの利用、カーシェアリング、エコドライブ、電気自動車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車など幅広く検討しました。
その結果、2050年の最終エネルギー需要は石油換算で1億6729万トン。BAU(business as usualの略で、何も省エネルギー対策をとらなかった場合)シナリオと比較して、61.2%に低下しました。1990年と比較すると、51.8%と約半分に低下します。
ちなみに、エネルギーCO2排出量では1990年比で41.1%、つまり約4割に低下します。ただし、このCO2排出は現状のエネルギー供給構成が変わらないとした場合です。省エネルギーの報告作成段階では、自然エネルギーの構成を検討していないので、暫定的にこの数字を示したわけです。

 

【電力は太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスで供給】
Q4
省エネルギーだけでエネルギー需要が半分、CO2が4割に減るのですか。
A4
そうです。100%自然エネルギーで供給すればCO2はゼロにできます。
この1990年比で半分になったエネルギー需要を自然エネルギーで供給すればよいのです。
エネルギー供給方法については、電力と燃料に区分して検討しました。
電力については、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスによって供給可能です。しかし、実際の電力供給においては、時間的に変化する需要に対応して供給しなければなりません。そこで、今回は「ダイナミック・シミュレーション」という手法を用いました。日本全国842地点の1年間の気象データを用いて、1時間ごとの太陽光や風力によるエネルギー供給を計算し、電力需要との差として生じた過不足については揚水発電とバッテリーの電力貯蔵で調整するように検討しました。

Q5
電力だけだと、どのくらいの需要になりますか。
A5
シナリオ作成の現状値とした2008年で1,006TWhです。2050年ではそれが627TWhとなります。やはり省エネルギーで6割近くに低下します。
純粋電力のみの供給シナリオは下図のようになります。

純粋電力のみ供給の場合の電源構成
電力のみ電源構成
※TWh=10億kWh

 

【2030年代に原子力はゼロに】
Q6
原子力発電は徐々に減らして2040年にはゼロということですね。それまでゼロでないということは、再稼働を想定しているということですか。
A6
WWFジャパンとしては移行期間のCO2排出削減も重視しているので、2030年代に原子力がゼロになるというシナリオを想定しました。しかし、原発が再稼働しなくても現在のように天然ガスなどで代替可能ですから、検討の余地があると考えています。

 

【自然エネルギー発電の余剰電力で燃料や熱需要分も供給】
Q7
燃料や熱需要に対する供給はどうなっていますか。
A7
燃料のうち200℃以下の中低温熱は、太陽熱、ヒートポンプ(電力)、バイオマスで供給可能なので、電力による部分的代替を考えました。高温熱については、バイオマスと水素による供給を検討しました。
輸送用の燃料については、自動車については電気自動車または水素による燃料電池車を、航空機と船舶についてはバイオマスの利用を検討しました。水素は、電力供給で生じる余剰電力から、水の電気分解で製造することを想定しました。
つまり、化石燃料や原子力エネルギーの代わりに自然エネルギーによる電力供給を増やし、電力の余剰分を利用して燃料や熱需要を賄うという考え方です。
燃料用電力を含む電力の供給構成シナリオは下図のようになります。

電力の供給構成(燃料用電力含む)
電力の供給構成
※TWh=10億kWh

2020年までは効率向上により電力需要は低下しますが、それ以降は化石燃料代替のため燃料用の余剰電力利用や水素生産が始まるので、追加の太陽光と風力の発電が必要になり、結果として、2050年の電力供給全体は、2008年と同程度になります。

Q8
なるほど、自然エネルギー発電で燃料や熱需要のエネルギーまで賄おうということですね。でも、電力で熱を供給するのは非効率なのではありませんか。
A8
確かに、大量の発電設備が必要です。自然エネルギーで熱や燃料を供給するには、太陽熱とバイオマスしかありません。その供給量は限られているので余剰電力を利用するわけです。太陽光や風力は不足が生じないように大きな規模を設定すると、余剰の電力が発生します。この余剰電力を使って燃料の一部を供給するというシナリオです。自然エネルギーの多くは電力の形をとっているのでこうした工夫が必要です。2050年には、太陽光4億7705万kW、風力1億912万kW、水力発電2760万kW、地熱発電1410万kWの規模が必要となります。しかし、これによりCO2の排出量はゼロにすることができます。
純粋電力需要627TWhを供給し、さらに余剰電力406TWhを利用して、産業用、民生用、輸送用の水素などの燃料用電力として供給します。燃料用には、このほかにバイオマスと太陽熱により、産業用と民生用の熱を供給します。
これらの全エネルギー供給構成のシナリオが下図です。ここには、自動車の屋根に設置したルーフトップ太陽光発電が1年間の走行用電力の一部を供給することも含めています。

全エネルギー供給構成(石油換算)
全エネルギー供給構成
※MTOE=百万トン石油換算

 

【100%国産資源でエネルギー自給が可能】
Q9
自然エネルギーというのは国産のエネルギーなのでしょうか。たとえば海外から大量のバイオマスを輸入したりせずに自給できるのでしょうか。
A9
100%国内の自然エネルギーです。日本国内の自然エネルギーの最大ポテンシャルを検討し、その範囲内で2050年の供給規模を算定しています。バイオマスの生産量は農林業廃棄物及び各種廃棄物で年間2000万石油換算トンを想定しましたが、このほかにエネルギー作物や海洋バイオマスなどの新しい農林漁業によって、4000万トン石油換算を供給することを想定しています。これは国土と周辺海域に降り注ぐ太陽エネルギーをバイオマスとして捕獲するものです。ひとつだけ問題があります。鉄鋼生産の石炭に代わるものとして水素を想定しましたが、技術的には未知なので、この部分には石炭が残るかもしれません。これはこのシナリオの留保条件です。

Q10
100%自然エネルギーではなくともよいという考えもあると思いますが。
A10
確かに、温室効果ガス排出の比較的少ない天然ガス等をバックアップ電源に利用すれば、無理に自然エネルギーによる電力供給の余剰を増やすことはありません。IPCCの指摘では、地球温暖化による深刻な影響を回避するためには、日本は少なくとも8割以上の温室効果ガスの削減が必要とされています。ですから20%程度の天然ガスをバックアップに利用することは許容範囲と考えられます。

 

【省エネルギー、自然エネルギー投資でエネルギー正味費用は減る】
Q11
費用算定もされたようですが、いかがでしたか。自然エネルギーのコストは高いと言われています。このシナリオ実現のための投資額はどのくらいになるのでしょうか。
A11
2010年から2050年にいたる40年間の設備投資、運転費用、正味費用について省エネルギーと自然エネルギーの費用算定をしました。太陽光や風力などの自然エネルギーのコストは、学習曲線に乗って低下していますので、この傾向を将来に延長してコストを推定しています。BAUシナリオでは化石燃料の価格が上昇してゆきますので、自然エネルギーへの移行は費用が小さくなります。
BAUシナリオとの差として必要な40年間の設備投資は、省エネルギーに210兆円、自然エネルギーに232兆円、合計で442兆円であり、正味費用は省エネルギーで−188兆円、自然エネルギーで−43兆円、合計−232兆円となりました。(マイナスは利益になることを示しています) つまり、設備投資は、省エネや自然エネルギーの普及によって削減されるエネルギー費用によって、正味では大きな便益をもたらします。
設備投資に対する正味費用の割合は、省エネルギーで−90%、自然エネルギーで−19%です。省エネルギーの導入がきわめて有効であることがわかります。
シナリオを実現するために必要な追加的な設備投資は40年間の累計で442兆円、年間に直すと11兆円となり、これは40年間の平均のGDPに対して1.6%に相当します。

 

【地域間連携線など電力系統安定化費用を含めても経済性はある】
Q12
「電力系統編」というシナリオもあります。自然エネルギーは自立分散型のエネルギーが基本だと思っていました。わざわざ「電力系統編」シナリオを作成したのはなぜですか。
A12
自然エネルギーは長らく日本では、「不安定な電源」として取り扱われていました。しかし欧州ではすでに発電電力量の3割を占めるような主要な電源となっています。そのポイントは、自然エネルギーを「不安定」ととらえるのではなく、「変動する電源」という位置づけに置き換え、変動電源をどのように管理していけばよいのか、という視点で扱うことです。そもそも「安定」な電源として扱われている原子力というのは、一度稼働すると出力を調整できない「不自由な電源」ともいえます。
自然エネルギーだからといって変動する電源ばかりではありません。バイオマスの火力発電や地熱、水力は調整できる電源です。これらと揚水発電や蓄電池をうまく組み合わせることにより、地域の自立分散型の自然エネルギー発電システムの構築は可能だと考えています。
風力や太陽光は広い範囲に分散的に数多く設置するほど、変動が小さくなります。自然エネルギーの導入が30%程度までなら、現状の系統連携線でも対応可能ですが、自然エネルギー100%の時代には、変動を小さくして余剰電力を相互に有効活用するために系統連携が必要になります。とくに関東地区と関西地区の大きな電力需要を満たすためには、周辺の地域からの系統連携を利用する必要があります。北海道や九州に風力資源が大きくありますので、これを関東や関西の需要地に輸送することを想定しました。
2010年~2050年の40年間に、地域内・地域間連系線、系統安定化、および余剰電力利用(水素生産)と蓄電池のため必要とされるコストは、年間あたり6,277億円~7012億円となり、毎年のGDPの0.1%程度で収まります。
先ほどの省エネルギー、自然エネルギー投資の費用を合わせても、GDPの2%以内の費用となります。しかも、この投資は国内投資であるため、化石燃料を輸入する場合と違って、内需や雇用の拡大につながります。
自然エネルギー100%供給は十分に可能であり、その実現のための投資は「経済性のあるものだ」というのが、今回のシナリオ研究の結論です。